2016.11.13 | 強迫性障害全般
これは普通の不安?強迫性障害の不安?どう見分ければよいの?って疑問に答えます
こんにちは。鈴木です。
どこからが普通の不安でどこからが強迫の不安なのかわかりません。
どのように見分けたらよいですか?
よくある質問です。
「今確認したくなるのは普通なのか、強迫なのか?」
「この手洗いは普通なのか、強迫なのか?」
何が普通なのかわからないってことありませんか?
今回はこの疑問に答えていきます。
フツウかどうかは考えず、不安なことに慣れる練習が大事
基本的に「普通の不安」と「強迫の不安」を分けないほうがよいです。
強迫性障害は「普通か強迫の不安か」という不安の内容というより、不安への囚われの強さの問題なんです。
例えば「鍵をかけたか不安」「誰かひいたのかも」と考えるのは普通の人も考えます。
しかし、それ考えに囚われて何度も確認することはしません。
強迫の人は不安が強くて何度も確認せずにいられなくなります。
その不安の強さを弱めていくのが治療です。
普通か強迫の不安を分けようとしている人は
「普通の不安だったら安心すること(手洗い・確認)してもいいよね」
と強迫行為をする理由を考えています。
「うちの家族もそれは確認する、手を洗うっていってたし」とか。
こんな風だとまず治らないです。
だから普通かどうか関係はなく、手洗いや確認をせず、不安なことに挑戦していかなくてはいけません。
むしろ、いわゆるフツウ人の感覚でも不安なことをしていかないとなかなか良くならないことが多いです。
代表的なのは帰宅後やトイレの後の手洗いをしない、便器に触るとか、不潔強迫の治療ではよくやることなんですが、いわゆるフツウの人でも嫌な人が多いでしょう。
あえて「フツウ」と「強迫」の人との違いを述べるなら、不潔強迫じゃない人に「便器に触ったりトイレの後手を洗わないでいて、その手でベッドにべたべた触ったら、今あなたが何年もの間死ぬほど苦しんでいる悩み事が解決するよ(本当に解決可能という前提)」って言ったら、多分やります。
不快であっても、それで苦しんでいる悩み事が解決するので。
それを「ばい菌が広がって」「子どもに病気がうつって」と考えて、ものすごく生活に支障が出て苦しいのに不安にとらわれているのが強迫の人ですかね。
自分の不安は本当に危険な可能性があるって思ったら
「自分の考えている不安は本当に危険なことが起こる可能性のあるものなんです。他のタイプの強迫の人とは違う。だから危険を最小限するのは当然では?」
と考えるかもしれません。
それがすでに強迫に支配された考え方なんですよ。
危険と判断させて、安心する行動をとらせる。
安心という麻薬を経験させ、もっと麻薬を欲しくさせて、コントロールしていくのが強迫の得意技。
別タイプの強迫より自分の強迫の方が危険!って各々が思っているものです。
どんなものも危険をゼロにすることはできません。
強迫の方も自分のこだわりのないところでは危険がゼロではない生活をしています。
「強迫行為をして、自分・家族が万が一のことにならないようにするのは当然」と思うかもしれません。
考えてみてください。
本当に危険から遠ざけようとする強迫行為が、自分と家族を幸せにしているでしょうか?
強迫に時間をとられ、自分の時間、家族との時間がどんどん減っているのではありませんか?
たまに「認知行動療法は危険な方法なんだ」「もっと悪くなる」とウワサがあるようですが、それは100%の確率で認知行動療法をきちんとやっていない・やり通していない人のセリフなので信じてはいけません。
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世界中の研究で一番認知行動療法が効果があるのは確かなので。
というか、有効なのは認知行動療法と薬くらいしかないです。
治療は認知行動療法を専門としているところでやりましょう。
まとめ
普通の不安か強迫の不安かは分けずに、不安なことには挑戦していきましょう。
そうすることで、多くの人が良くなります。
認知行動療法は一人でやるのが難しいので、私がお手伝いしますよ。